
六華苑の物語には、諸戸家の深い「影」が隠されています。初代・諸戸清六には、二度の結婚で妻を亡くすという、深い悲しみが人生に影を落としていました。そして、後妻の志げ夫人との間には、7人の子どもたちが授かりましたが、長男と三男は幼くしてこの世を去ってしまったのです。
当時、家業の跡取りは、長男が務めるのが常識でした。しかし、清六の長男は早世しました。このことは、清六に計り知れない苦悩をもたらしました。事業の成功者として、巨万の富を築いた彼でも、子どもの命という、どうすることもできない運命には抗うことができなかったのです。
この苦悩の中、清六は、次男の精太を家督とし、四男の清吾に事業を継承させることを決意します。ここで、なぜ家督と事業を分けたのか、という疑問が浮かぶでしょう。当時の家制度では、家の存続こそが最も重要なことでした。長男が早世したため、清六は、まず「家」を守るために、次男の精太に家督を継がせました。しかし、精太は学者肌であり、父のような商才には恵まれていませんでした。一方、四男の清吾は、父清六のビジネスに対する才覚と情熱を色濃く受け継いでいました。
そこで清六は、「家は次男に、事業は四男に」という、当時の慣習にとらわれない大胆な決断を下します。清吾は、父清六の名を襲名し、二代目・諸戸清六となりました。この「名跡(みょうせき)を継ぐ」という慣習は、日本の名家や家元でよく見られるものです。初代が築いた偉大な功績と名声を受け継ぎ、それをさらに発展させるという意味が込められていました
つまり、諸戸家には…
- 初代・諸戸清六:莫大な借金返済と事業を拡大し、巨万の富を築いた人物。
- 二代目・諸戸清六(清吾):父が築いた莫大な財産を継承し、その集大成として六華苑を新築した人物。
…という二人の「諸戸清六」が存在するのです。
この兄弟による「家」と「事業」の分掌は、初代清六の苦渋の決断でした。しかし、この決断は、結果として諸戸家のさらなる発展をもたらします。次男の精太は、初代の屋敷を継承し、西諸戸家として家系を継ぎました。一方、四男で二代目清六となった清吾は、六華苑を新築し、東諸戸家として新たな家系を興したのです。
六華苑は、この諸戸家の苦悩と、そこから生まれた新たな希望の象徴なのです。この豪華な洋館と美しい庭園の裏側には、初代清六が味わった深い悲しみと、それでも未来を信じて託した、家族への愛が静かに息づいているのです。この邸宅に足を踏み入れると、その華やかさだけでなく、家族の絆と苦悩の物語が、ひっそりと語りかけてくるかのようです。






