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Machi Guide
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2025[Sun]
08.31

桑名の歴史:第5回 歴史の旅路の終着点、桑名が語る再生の物語

歴史桑名市

過去四回にわたり、七里の渡しを起点として、桑名の歴史をたどる旅をしてきました。この旅の終わりに、桑名が持つ歴史の深さについて考えてみましょう。

戊辰戦争で大きな試練を迎えた桑名ですが、人々は絶望することなく、復興への道を歩み始めました。明治時代に入り、廃藩置県によって、桑名藩は桑名県となり、近代都市としての第一歩を踏み出します。

桑名県から三重県へ

廃藩置県は、全国に分散していた旧藩を統一的な行政システムのもとに置く、明治新政府の重要な政策でした。この過程で、小さな藩がいくつも合併して大きな県が作られていきます。桑名県も、短期間でその役割を終えることになります。

桑名県は、1871年(明治4年)に伊勢国(現在の三重県中部以北)の他の県と合併し、安濃津(あのつ)県となります。そして、安濃津県が津県と合併して、現在の三重県が誕生しました。桑名県が単独で存在できなかったのは、近代国家の効率的な行政運営には、より大きな単位での統治が必要だったためです。

由緒ある徳川家ゆかりの桑名藩が、その歴史に終止符を打ち、中央集権国家の一部として再出発した瞬間でした。

挑戦を続けた近代の桑名

藩という統治システムは終わりを告げましたが、桑名の歴史は途絶えませんでした。人々は、新たな時代に合わせた産業の発展に力を注いでいきます。

かつて、本多忠勝が鉄砲製造のために鋳物師を招いたことから始まったとされる桑名の鋳物業は、近代に入るとさらに発展しました。明治期には、鋳物工場が立ち並び、鉄道や産業機械の部品を供給する一大生産地となります。また、蛤の時雨煮で知られる佃煮産業も、古くからの伝統を守りつつ、近代的な流通システムに乗って全国に知られるようになりました。

旧桑名城の跡地は、九華公園として整備され、市民の憩いの場となりました。この公園には、お堀や石垣が残り、当時の面影を今に伝えています。かつて、武士たちが駆け抜けたこの場所に、今では多くの笑顔が溢れています。また、かつて七里の渡しがあった場所には、歴史を象徴する存在として蟠龍櫓が再建されました。

東海道の旅人にとって、七里の渡しは、陸路から海路へ、そしてまた陸路へと、自らの旅のスタイルを変えなければならなかった特別な場所でした。この変化は、彼らにとって大きな挑戦であり、無事に渡り終えた時の安堵と達成感は、何物にも代えがたいものだったでしょう。

桑名という町は、常にこの「挑戦」と「再生」の歴史を歩んできました。江戸時代には交通の要衝として、そして近代には近代都市として。桑名の歴史は、過去に縛られることなく、常に新しい時代を切り開いてきた人々の営みそのものなのです。

シニア向け住宅アドバイザー ライター:添田 浩司

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