七里の渡しを無事に渡り終え、桑名に上陸した旅人たちが、まず目にしたのが、桑名城の東端にそびえ立つ蟠龍櫓(ばんりゅうやぐら)でした。この櫓は、単なる見張り台ではありません。「蟠龍」とは、まだ天に昇らず、地に蟠(とぐろ)を巻いている龍を意味します。この名前は、桑名城の堀にまつわる伝説に由来します。かつて、堀には龍が住んでいて、伊勢湾の潮の満ち引きを城内に知らせてくれる不思議な力を持っていたと伝えられています。


この龍の伝説にちなんで、見張り台は「蟠龍櫓」と名付けられました。単なる軍事施設ではなく、桑名の人々の自然に対する畏敬の念と、城への誇りが込められた建物だったのです。
当時の桑名城は、揖斐川と長良川に囲まれた天然の要害に築かれた堅固な城でした。城下町は、城を中心に武家屋敷や町人街が広がり、旅籠や茶屋が軒を連ね、活気に満ちていました。
そして、この地で旅人たちを楽しませたのが、桑名名物の蛤(はまぐり)です。七里の渡しの船旅で疲れた体を、新鮮な蛤料理で癒すことは、旅の大きな楽しみでした。この蛤は、江戸時代からその味の良さで知られ、東海道を旅する人々にとって欠かせない名物であり、桑名藩の重要な収入源の一つにもなっていたと考えられています。今日でも、桑名では名物の蛤を味わうことができます。地元の人々に愛される「歌行灯」や老舗の「魚重楼」といった料亭、また新鮮な蛤を求める人でにぎわう「はまぐりプラザ」など、様々な場所でその風味を楽しむことができます。
しかし、この堅固な城と繁栄した城下町も、時代の大きなうねりには逆らえませんでした。戊辰戦争の戦火で多くの建物が失われ、蟠龍櫓もまた焼失してしまいました。
ですが、桑名の人々は、歴史を象徴する存在として、蟠龍櫓を市民の熱意により平成16年(2004年)に再建しました。往時の姿を偲ばせる立派な外観は、七里の渡し跡のランドマークとして、今も多くの人々を迎えています。その素晴らしい外観に対し、内部は休憩所や展示スペースとなっており、簡素な造りになっているようです。再建された蟠龍櫓は、過去の記憶を未来へと繋ぐ、大切な役割を果たしているのです。







