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Machi Guide
街ガイド
2025[Wed]
08.20

第2回:ユネスコという名のパスポート – 世界が認めた祭りの轟音と歴史

歴史桑名市春日神社


皆さん、こんにちは。第一話では、春日神社の名前の由来や地形、そしてその由緒ある門や鳥居に隠された物語をひも解いてきました。今日はこの神社が一年で最も熱く、そして世界から注目される、桑名石取祭の舞台裏に迫ります。


皆さん、『日本一やかましい祭り』って聞いたことありますか?まさに、その呼び名にふさわしいのがこの祭りです。毎年8月に行われ、祭りの本番が始まる真夜中、40台を超える祭車が一斉に鉦と太鼓を打ち鳴らすんです。その轟音は、想像を絶する迫力ですよ。ピーク時には、耳をつんざくほどの音圧になります。

この祭りが春日神社にとって特別な意味を持つのは、この神社が「お祭りの起点であり、終点」だからです。


まず、祭りの始まりは、各町内から出発した祭車が、この春日神社に集結することから始まります。それぞれの祭車は、神様をお迎えするために町を練り歩き、最終的にこの境内に集まってくるのです。それは、まるで神様に「お祭り、始まりますよ」とご挨拶をしているかのようです。

そして、祭りのクライマックスである「叩き出し」は、深夜の春日神社の前で、すべての祭車が一斉に鉦と太鼓を叩き鳴らすことから始まります。この轟音は、まさに神様への奉納であり、祭り全体の熱気を一気に高める、神聖な儀式なのです。


では、そもそも「石を曳く祭り」という、少し変わった名前の由来は何なのでしょうか?


実は、この祭りの起源には、歴史研究家や地元の人々の間で語り継がれる、いくつかの説があります。一つずつ、ひも解いていきましょう。



最も古くから語られているのが、「川石説」です。桑名宗社(春日神社)が鎮座するこの土地は、木曽三川の河口にあたり、古くから水害に悩まされてきました。人々は、大水の被害を防ぐために、川から石を運んで堤防を築いたり、神社の祭礼に供えたりしたと言われています。祭りの日、町衆は木製の台車に大きな石を乗せ、太鼓や鉦を打ち鳴らしながら「石を曳く」という行為を行いました。これは、単なる運搬作業ではなく、神様へ力を示すための、そして町の安全を願うための神聖な行事だったのです。


もう一つ、歴史的な背景に深く関わるのが、「城普請説」です。関ヶ原の戦いの後、桑名藩の初代藩主となった本多忠勝は、桑名城を大規模に改修しました。その普請(建築)には、城下町の町衆も動員され、揖斐川から石垣の石を運ぶ作業に携わりました。この大変な作業を、町衆は苦しいばかりではなく、力を合わせることで乗り越えようとしました。重い石を曳くときに、自然と掛け声が生まれ、それがやがてリズムとなり、太鼓や鉦の音へと発展していったという説です。


どちらの説にも、この桑名の土地が持つ「水」と「石」という要素が深く関わっています。そして、この祭りが「日本一やかましい」と言われるほどになったのは、江戸時代に入ってからです。町衆の経済力が向上し、祭りは単なる神事から、町々の威信をかけた「競い合い」へと変化していきます。祭車は年々豪華になり、お囃子の技術も磨かれていきました。それぞれの町が、より大きな太鼓、より多くの鉦を積み込み、他の町に負けない音を奏でるようになったのです。


この競争こそが、祭りの熱気をさらに高め、やがて文化として定着していく原動力となったのでしょう。


石取祭りの起源は、実用的な労働と、地域の信仰が結びつき、そして江戸時代の町人文化によって磨き上げられていった。この壮大な物語が、現代の祭りの「音」や「熱気」に繋がっていると思うと、また違った感動を覚えますね。

そして、祭りが終わる時もまた、この春日神社がその終点となります。祭車は再び、神様に「祭りは無事に終わりました」と感謝を伝えるように、この神社へとお囃子を奏でながら戻っていくのです。


さて、この祭りがただの賑やかなお祭りではない、決定的な理由があります。

2016年、この桑名石取祭を含む、全国33の『山・鉾・屋台行事』が、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。

ここで少し、皆さんの疑問を整理してみましょう。「ユネスコ」や「無形文化遺産」とは、一体どういうものなのでしょうか?


ユネスコとは、国際連合教育科学文化機関のことで、人類共通の遺産を守り、文化や教育を通じて平和を築くことを目的とした国連の専門機関です。

そして、ユネスコが定める「世界遺産」には、大きく分けて三つの種類があります。皆さんがよく知っているピラミッドや姫路城などは、建物や遺跡といった「形」のある文化財なので「文化遺産」に分類されます。一方で、桑名石取祭のような、伝統的な慣習や芸能、技術といった「形のない」文化は、「無形文化遺産」として登録されます。


つまり、桑名石取祭は、目に見える建物や風景ではなく、お囃子という音、そしてそれを受け継いできた人々の技術と情熱が世界に認められた、ということになります。登録された正式名称は「山・鉾・屋台行事」。これは、京都の祇園祭や秩父夜祭など、日本各地の同様の祭りと一括りに登録されたもので、それらの祭りと共通の文化的価値を持つことが証明されたわけです。


ユネスコ登録の背景には、祭りを支え、代々その伝統を受け継いできた桑名の人々の並々ならぬ努力があります。祭車を管理し、太鼓を練習し、子どもたちに祭りの意味を伝える。祭りは単なるイベントではなく、人々の暮らしに深く根付いた、世代を超えて受け継がれる「絆」なのです。


祭りの熱気は、単なる騒音ではありません。それは、桑名の人々の魂の叫びであり、地域社会の結束を象徴しているんです。次回は、春日神社の境内をさらに詳しく探訪し、この場所が持つ、もう一つの隠された物語に迫ります。どうぞ、お楽しみに!





シニア向け住宅アドバイザー ライター:添田 浩司

安心安全な住まい、日々の健康や、自分らしい暮らしに役立つ情報、地域の話題などを、様々な視点から配信していきます。

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