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Machi Guide
街ガイド
2025[Fri]
07.11

第1回:伊賀城と高石垣:序章 – 天守なき名城の謎

歴史伊賀上野城


こんにちは! 歴史を愛する皆さんと一緒に、今回から3回にわたって、三重県伊賀市にそびえる伊賀城(別名:上野城)の魅力に迫ります。特に注目するのは、その高石垣。全国でも有数の高さを誇るこの石垣は、一体なぜ、そしてどのように築かれたのでしょうか? そして、「天守なき名城」と呼ばれる伊賀城の真実とは?一歩一歩、その謎を解き明かしていきましょう。

伊賀城とは?

まず、伊賀城の基本的な情報からおさらいです。伊賀城は、正式には「上野城」といい、筒井定次によって築かれ、後に藤堂高虎によって大規模な改修が施されました。特に高虎が関わった城郭は、その優れた築城技術から「高虎の城」として知られています。

伊賀上野城を訪れる際、最寄りの駅の一つに、特徴的な「上野市駅」があります。この駅は「忍者市駅」という通称も持ち、駅舎には忍者に関する装飾が施されていたり、松本零士氏デザインの忍者列車が発着したりと、伊賀ならではの雰囲気を楽しめます。城下町散策のスタート地点としても最適です。


しかし、伊賀城には一つ、大きな疑問符がつきまといます。それは、壮麗な高石垣の上にそびえ立つはずの天守がない、という事実です。現在の天守閣は、昭和になってから復元されたものです。なぜ、高虎はこれほどの高石垣を築きながら、天守を完成させなかったのでしょうか? これが、伊賀城の最大の謎であり、今回のシリーズで深掘りしていくポイントです。

圧倒的な高石垣の迫力!

伊賀城を訪れた人がまず圧倒されるのは、その巨大な高石垣でしょう。その高さは、場所によっては30メートルにも及び、まるで垂直の壁が立ちはだかっているかのようです。これほどの高さを誇る石垣は、全国の城の中でも数少なく、見る者を魅了してやみません。

▲筆者は、怖くてこれ以上近寄れませんでした

この高石垣は、一体どのような目的で築かれたのでしょうか? 単純な防御のためだけではない、何か特別な意図があったのかもしれません。そして、これほど巨大な石垣を、一体どのようにして積み上げたのでしょうか? 当時の技術で、これほどの規模の工事を行うのは、まさに至難の業だったはずです。

謎多き城の物語、いざ出発!

伊賀城の高石垣は、ただの防御施設ではありません。そこには、築城主たちの思惑、当時の社会情勢、そして現代にまで伝わる匠の技が凝縮されています。

次回は、この高石垣がどのように築かれたのか、その驚くべき築城技術の秘密に迫ります。そして、藤堂高虎がなぜ、これほどまでに高大な石垣にこだわったのか、その意図を読み解いていきましょう。

さあ、伊賀城の奥深い歴史の旅へ、ご一緒に出かけましょう!

シニア向け住宅アドバイザー ライター:添田 浩司

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