「うちの子たちはみんな仲が良いから、お父さんが亡くなっても、きっと話し合って円満に解決するわ。」
あなたは、そう自信を持っていませんか?
実は、相続トラブルの専門家が最も懸念するのは、まさにこの「仲が良いから大丈夫」という油断なんです。
前回までに、相続争い(遺産分割事件)が、遺産額5,000万円以下の「ごく普通の家庭」で多く起きていること、そして借金という「負の遺産」のリスクがあることをお伝えしました。
実際に、家庭裁判所に持ち込まれた遺産分割事件のうち、遺産総額が1億円以下の家庭が圧倒的な割合を占めています。
遺産分割事件(争いになった相続)を遺産額別に見ると、以下の通りです。
| 遺産総額 | 遺産分割事件に占める割合(概算) |
| 1,000万円以下 | 約34.7% |
| 5,000万円以下 | 約77.6% |
| 1億円以下 | 約91.2% |
(出典:最高裁判所事務総局「令和6年(2024年)司法統計年報 3家事編」より推定)
このように、遺産総額が1億円以下、つまり大半のごく普通の家庭でこそ揉めているという実態があります。
今回は、なぜ仲の良かった家族、特に財産がそれほど多くない家庭で、相続争いが起きてしまうのか、その心理的・構造的な理由を3つ解説します。
理由1:親の口から「意思」が伝えられていない
「仲が良いからこそ、わざわざお金の話で空気は悪くしたくない。」
そう考えた親御さんは、ご自身の財産について、子どもたちに具体的な話をすることを避けてしまいがちです。
これは、家族の平穏を願う親心ではありますが、相続においては最も危険な行動の一つになります。
【起きること】
親が亡くなった後、遺言書がない場合、子どもたちは初めて親の財産を具体的に把握します。そのとき、実家を「誰が継ぐのか」「預金をどう分けるのか」について、きょうだい間で「親がこう思っていたはずだ」という、互いに異なる「推測」がぶつかり合います。
- 長男:「俺が家を継ぐのは当然だ。親もそう思っていただろう。」
- 長女:「私は長年介護をしたのだから、預金は多くもらう権利があるはず。」
- 次男:「実家を出たけれど、法定通り平等に分けてもらう権利がある。」
親が明確な意思を残していないと、この「推測」が「自分の権利」に変わり、きょうだい間の信頼関係の土台の上で、感情的な対立を生み出してしまうのです。
理由2:「平等な分割ができない」不動産がある
相続争いが起きるご家庭の約8割で、不動産(主に自宅)が関係していることは、第1回でお話ししました。
現金であれば、きょうだい間で「1/3ずつ」と平等に分けることができます。しかし、自宅はそうはいきません。これが、遺産額が少額でも揉める最大の原因です。
【起きること】
例えば、遺産総額が3,500万円(自宅3,000万円+預金500万円)で、相続人が3人いる場合、単純計算で1人あたり1,167万円ずつもらう権利があります。
- 実家に住み続ける人:他のきょうだいに不足分の現金を支払う(代償金を払う)必要が生じますが、その現金がない。
- 実家を継がない人:自宅を売却しなければ、自分の権利分を受け取れません
ここで、「実家を売却したくない」という人がいると、争いが始まります。仲が良ければ「お姉ちゃんが住み続けるならいいよ」と一度は譲歩できても、時間が経つにつれて「やっぱり私の分も欲しい」と気持ちが変わり、「金銭による精算」を巡って争いになるケースが非常に多いのです。
仲が良い関係だからこそ、「言いにくいこと」を曖昧にしてしまい、後になって大きな火種になるのです。
理由3:「親の面倒を見た」という貢献度の違い
仲が良かったきょうだい間で、最も感情的な対立を生みやすいのが、「親への貢献度の違い」です。
【起きること】
離れて暮らすきょうだいが「法定相続分通りに平等に分けよう」と主張したとき、同居して長年介護や生活のサポートをしてきたきょうだいは、それを不公平だと感じます。
- 貢献した側:「私は仕事をセーブして、毎日親の面倒を見てきた。その分の苦労や貢献を財産に反映させて当然だ。」
- 離れていた側:「自分も遠くから仕送りをしていたし、法定相続分は誰にも平等な権利だ。」
法律上の「貢献」(寄与分)が認められるケースは限られており、多くの場合、「親子の情愛の範囲内」として財産の分配には反映されません。
しかし、当事者にとっては、これはお金の問題ではなく「自分の献身的な行動が家族に認められない」という感情の問題になります。その結果、それまで築いてきた信頼関係が崩れ、激しい対立に発展してしまうのです。
家族の「円満」を永続させるための準備
「仲が良い家族」で相続争いが起きるのは、仲が良いからこその「遠慮」と「油断」から、ルール作りを怠ってしまうことに原因があります。
相続は、家族関係の最終テストのようなものです。
このテストを乗り越え、親が願った「家族の円満」を永続させるために、今からできることは一つだけです。
それは、親の口から「誰に何を、なぜ渡すのか」という明確な意思を、証拠として残すことです。その具体的な方法こそが、次回のテーマとなります。
仲が良いからこそ、最悪の事態(争続)を避けるための「準備」を始めましょう。
次回予告: 第4回は、争いを防ぐための最も有効な手段。【争続を避ける!公正証書遺言と「付言事項」に込める家族への想い】をお届けします。






