1月29日。今日は「昭和基地開設記念日」です。 昭和32年(1957年)の今日、日本の南極観測隊がオングル島に上陸し、昭和基地を開設しました。
今でこそ、日本の南極観測は世界トップレベルですが、その「始まり」は、無謀とも言えるプロジェクトでした。
敗戦からわずか10年。 欧米諸国から「日本に南極なんて無理だ」と冷笑され、割り当てられた場所は、どの国の砕氷船も近づけなかった「接岸不可能」な氷の海。 そこに挑んだのは、戦争を生き延びた一隻の古びた船と、男たちの意地でした。
■「ラミング」という荒技
観測船「宗谷(そうや)」は、最新鋭の砕氷船ではありません。 もともとは貨物船として作られ、戦争中は弾薬を運んでいた中古船でした。それを日本の造船技術の粋を集めて大改造。 氷に挟まれても潰されないよう、船の横腹に「バルジ」と呼ばれる膨らみを持たせ、分厚い氷を割るために船首を鋼鉄で覆いました。
それでも、南極の氷は甘くありませんでした。 氷に阻まれた宗谷が行ったのは、「ラミング」という航法です。 全速力で氷にぶつかり、乗り上げて割り、バックしてまたぶつかる。 その回数は数千回にも及んだと言われます。 船内は常に交通事故のような衝撃。それでも隊員たちは歯を食いしばり、少しずつ、本当に少しずつ、道なき氷の海を切り拓いていきました。
■なぜ、「犬」だったのか
そして、もう一つの主役が「樺太犬(からふとけん)」たちです。 映画『南極物語』でも有名ですが、なぜ科学観測隊が、アナログな「犬ぞり」を使ったのでしょうか。当時も「雪上車」という機械はありました。しかし、マイナス数十度の極限状態では、当時のエンジンはすぐに動かなくなってしまいます。また、重い車体は氷の割れ目(クレバス)に落ちる危険がありました。
「いざという時、機械は裏切るかもしれない。でも、犬は裏切らない」
寒さに強く、危険を察知する本能を持つ犬たちは、ペットではなく、命を預ける「最強のエンジン」として選ばれたのです。 事実、彼らの力がなければ、基地への物資輸送は成し遂げられませんでした。
■「不可能」を「可能」にする力
中古の船、アナログな犬ぞり、そして諦めない人間たち。 昭和基地は、決して恵まれた環境で作られたものではありません。 「なにくそ」という反骨心と、知恵と工夫の結晶です。今の日本があるのは、こうした先人たちの「意地」のおかげだと思うと、胸が熱くなります。






