1月25日。今日は「初天神」です。 「天神さん」の愛称で親しまれる天満宮で、今年最初の縁日が行われる日ですね。
受験シーズンということもあり、合格祈願で賑わっているニュースを目にすることも多いでしょう。 しかし、ふと考えてみると不思議ではありませんか? 「学問の神様」として知られる菅原道真公ですが、なぜ日本全国これほど多くの場所に祀られているのでしょうか。
今日は、初天神にちなんで、知っているようで知らない「天神信仰」の歴史を紐解いてみたいと思います。
■全国に「1万2000社」の驚き
コンビニエンスストアのローソンが全国に約1万4000店(2020年代前半時点)といわれていますが、実は「天満宮(天神社)」は、日本全国に約1万2000社もあるといわれています。 これは、稲荷神社、八幡宮に次ぐ多さです。なぜ、一人の人間がこれほど多くの神社に祀られるようになったのでしょうか。 その理由は、道真公のドラマチックな、そして少し怖い生涯にありました。
■「怨霊」から「神様」へ
平安時代、右大臣として異例の出世を果たした天才学者・菅原道真は、身に覚えのない罪を着せられ、九州の太宰府へと左遷されます。 「東風(こち)吹かば 匂いおこせよ 梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」 都に残した梅の木を想って詠んだこの歌はあまりにも有名ですが、彼は無念を抱えたまま、太宰府の地で亡くなりました。 さて、ここからが伝説の始まりです。 道真公の死後、京都では天変地異が相次ぎました。政敵が次々と亡くなり、御所(清涼殿)に雷が落ちるという大事件まで発生します。 人々はこれを「道真公の祟り」だと恐れました。最初は「怒りを鎮めるため」に、神様として祀り上げたのです。これが天満宮の始まりでした。
つまり、最初は「怖い神様(雷神)」だったのです。 しかし、時が経つにつれて、彼の生前の「ずば抜けた学才」や「至誠(誠実さ)」に焦点が当たるようになり、いつしか恐ろしい怨霊から、慈悲深い「学問の神様」へとイメージが変わっていきました。
■なぜ「牛」がいるのか?
天満宮にお参りに行くと、必ず境内に「牛の像」が座っていますね。 自分の体の悪い部分と同じ場所を撫でると良くなる、という「撫で牛」信仰も有名です。なぜ牛なのでしょうか? これにも諸説ありますが、有名な逸話があります。 道真公が亡くなり、その遺骸を牛車で運んでいたところ、途中で牛が座り込んで動かなくなってしまいました。「これは道真公の意志に違いない」と、その場所に墓所を作ったのが、現在の太宰府天満宮の始まりだと言われています。
全国1万2000社。 その数は、日本人がいかに道真公を恐れ、敬い、そして愛してきたかの証でもあります。
今日はお近くの天神様へ、散歩がてら出かけてみてはいかがでしょうか。 境内には、道真公が愛した梅の花が、寒空の下で蕾を膨らませているかもしれません。
1000年の時を超えて愛される「知の巨人」に想いを馳せる。 そんな静かで知的な一日の過ごし方も、また良いものです。






